思い返すと笹に近い香りだったかもしれない

平日昼下がりのフードコートにも高校生やビジネスパーソンらしき人々は存在する。会社や学校が休みだとか休憩とかサボタージュとか、理由は個々人によりさまざまだろう。


レジ付近のモニタに番号が表示される。赤と黄色が目に眩しい壁を傍に、これまた赤と黄色が印刷された紙、に包まれたジャンクフードを受け取る。マクドナルドのスパイシーチキンバーガーだ。あとチョコパイとコーヒー。


僕がマクドナルドでよくスパチキを注文するのは安いからじゃなくて旨いからだ。

そうは言っても同価格で発売されたチキチーやスパビーが呑まれた値上げの波をくぐり抜けてきたのは栄誉なことだし、値上げした日にはまず間違いなく枕を濡らす。きっとそう遠くない未来の話だ。


それにしても、と小声でわざとらしく仕切り直しの言を放つ。人の少ない平日だから許される行為だ。(人が多かろうと公共の場で一人言を発することはままあるのでそういった性質であることは否定できない)

それにしても、映画上映に遅刻したショックを断ち切れない。

 


概略はこうだ。

次の休日は朝から映画を見に行こうと息巻いて予定を立て、上映数日前からチケットを取り、前日に上映時刻とそれに伴う電車移動のスムーズな便の検索を行い、予定通りの時刻に起床し、朝食を摂り、駅に向かい、予定通り乗車した電車の中で上映時刻を2時間過ぎていることに気づいた。


幸いにも見たことがある3時間の映画だったので終盤の⅓は見れたものの『予定通りに動いていたつもりが、そもそも立てた予定が狂っていた』ことに驚いてしまって、自己嫌悪らしい罵詈雑言が頭を駆け巡った。2時間前に上映開始したチケットを見せられた映画館スタッフの困惑する表情が忘れられない。


スタッフはかなり戸惑ってもはや半分フリーズしていたので、こちらから「ややこしくてすみません。もう始まってるやつです」と言ったことも覚えている。

内心、臓器の天地がひっくり返るほど焦りを抱えているのに『ええ、まあ、もう始まってるやつっすね。え、なんか変なこと言ってます?』みたいな顔をして言ったから余計困惑させたかもしれない。しかも別にややこしくはない。僕が時間を間違えただけだ。

あのときのスタッフの方、ごめん。


過ちを繰り返さないように記憶しておくべきではあるのだが、あまりに強い『2度としてはならない』は生活に支障をきたす強迫観念になりかねないので注意が必要だ。具体的には、うっかり冷蔵庫を開け放しにして20分を過ごしていた後悔から『閉めなければならない』に迫られて、何度も確認しに行くせいで外出や就寝に遅れが出るケースがそうだ。


ちなみにこれほど強迫観念行動が発生しているのに、少なくとも以降3回は冷蔵庫開け放しをやっている。だからあまり意義のある感覚とはいえない。

 

そして数日後、遅刻した前回よりは遅い午前中に映画を見に行く予定を立てた。前日は当然強迫観念の暴動が巻き起こっており、何とも賑やかであったが無事に予定通り起床し、朝食を摂り、駅に向かい、電車に乗って予定時刻の2時間前に映画館へと到着した。適度という概念を知らない可能性がある。

 

 

そんな映画騒動を振り返っているうちに、紙ストローがアイスコーヒーを吸収してふやけてきたのでカップから引っこ抜く。

芯棒か何かに細長い紙を巻きつけて製造しているのだろうか。巻きつけたときに重なるか重ならないかの境界線上らしき跡の線が滲んで、ストローそのものの輪郭までぼやけているようだった。


ついさっきまでそれが刺さっていた、プラスチック製のカップのプラスチック製の蓋を見る。何かが間違っている気がしてならない。

ならないが、今になって紙ストローの是非について論を展開するほど浮世離れもしていないので、おとなしく蓋を開けてコーヒーを啜る。

ファストフード店のアイスコーヒーは水のように薄いため胃に優しい。途中でミルクポーションを入れなくとも胃痛に苦しむことがない。

 

 

 

と、マクドナルドにいた日のことをタリーズで振り返るうちに、ホットで注文したはずのコーヒーが冷めてしまった。半分ほど残ったコーヒーにセルフサービスのミルクを注いで飲み干す。受け取ったときから特徴的な香りがすると感じつつも、終ぞ何の香りかは判別できなかった。

 


来月も新たに見たい映画が上映開始する。

できることなら上映の30分前くらいに到着したい。