変な味の酒と味のしない酒

大抵の日において20時を過ぎてから帰路につく。その日は雨が降ったり止んだりしていたから、傘を差したり閉じたりしながら夜の空気の中を歩いていた。

路に人通りは少なく、寄り道をしなければめったに人とすれ違うこともない。たまに遭遇する生き物といえば鼠か、路上に座り込む若者の小さな群れか、光る首輪をつけた犬とその飼い主くらいだ。


帰宅し、扉の内側から施錠を済ませると溜め息が出る。首元を光らせながら舌をだすあの柴犬を見られなかったことが残念だからではない(見れた方が嬉しいに決まっている)。

朝食用のシリアルを買うだけのつもりでスーパーマーケットに立ち寄ったところ、思いのほか鞄が重たくなってしまったのだ。


シリアル、牛乳、酒を鞄から取り出していく。最後に、ありふれた黄と赤のシールで奇跡のような値を貼り付けられたパックの牛脛肉を調理台に乗せる。

変な色をしている。奇跡の値段ならではの独特の色味だ。


冗談かと思うほど金がないのに映画も観たければ本も積みたいしコーヒーとビールはストックしておきたいしタバコも必要だから、必然的に平日の食費が圧迫される。

飲食の“飲”だけで生きられるように進化しないだろうかと常々思っている。

まったく現状の世の理では、肉体の維持につとめなければ精神も死んでしまうことが厄介だ。そうでなければ辛苦の2割は解決しそうなのに。


浅慮から抜け出さないまま井の底で希望に見えるだけの不明瞭な何かを眺めていても仕方がない。まずは手の届く範囲、具体的には目の前にある変な色の肉を煮込んでビーフシチューのようなものを作ることにする。


パック全体に引っ掛けられたラップを剥がして顔に近づける。色はともかく匂いは問題なさそうだ。鼻は五感のなかで最も自信のない器官なので相当に程度の低いザル検査ではあるが、やらないよりはマシだろう。

時刻は22時に差し掛かろうかという頃。変な色の肉を鍋に入れて火にかける。油は敷いたかもしれない。


冷凍庫のなかを探ると、変な色になるまで炒めた玉ねぎの集合体があったので、ラベルにバルサミコと書かれた酢と一緒に鍋へ入れた。酢は大抵変な匂いがするので単体では苦手な食材だが、入れた方が段違いに旨いのだから不思議だ。


安物赤ワインの開栓に手こずる。安物のコルク抜きだからかもしれないし、僕が稀代の不器用だからかもしれない。6分ほどかけて栓を抜いた。疲れた。


奮闘している間にすっかり玉葱塊は解凍したようだった。瓶を傾けてしょっぱそうな赤色の酒を注ぐ。グラスにも注いで少し飲んでみた。


変な味がする。

このぶんだとどうせ飲まないので再度鍋へ、気持ち多めに注ぐ。


1人テキサスホールデムをしながら肉とかが煮込まれている様子を窺い、デミグラス缶を開けて逆さにするとソースが缶の形に固まりながら出てきた。なんか嫌だった。


10分ほど経ち、肉の色はすっかり落ち着いて半固形ソースも溶けた。そうしたら、間違いなく健康を害する量の塩と、床に落ちているよくわからない瓶入りのスパイスも大量に入れておく。原理は不明だが、塩とスパイスを入れるとだいたい味がまとまる。


随分前にカルディで購入した発泡酒の缶を開ける。


プルタブが割れて開かずの蓋になってしまった。どうも開栓に手こずる日らしい。


仕方がないので工具箱からマイナスドライバーを出してきて釘の要領で打ち込み、穴を開ける。缶切りという最適解を選べるだけの装備は持ち合わせていなかった。


グラスに注ぐ。注ぎ口の形状からかなり最悪の見た目になってしまったのでとりあえず動画を撮った。うみばる(@seabarubaru)で10月16日0時50分に投稿した動画を見てほしい。何度でも。


もちろん音も臨場感があって最悪だったので是非入れておきたかったのだが、既に酔っているのではないか?と疑われそうな僕の笑い声も入っていたので割愛した。

 

ビーフシチューは旨かった。

酒は味がしなかった。

来月も映画を観に行く。